豪華列車ブームが極まった2026年にあえて選ぶ「黄と赤」――近鉄リゾートの原点「伊勢志摩ライナー」へ旅人たちが回帰する理由
伊勢 志摩 ライナーのサンシャインイエローの先頭ノーズが近鉄名古屋の地下ホームへ滑り込んでくると、通勤客でごった返す構内の空気が一瞬で休日モードへと反転する。1994年のデビューから30年余り。バブルの残り香を纏ったリゾート特急は、数々の新型車両が線路を覆い尽くした2026年の現在も、まったく色褪せないどころか独特の艶やかさを放ち続けている。伊勢志摩の海と太陽を象徴する黄と赤の23000系。それは単なる移動手段ではない。乗った瞬間に日常のノイズを遮断する、走るシェルターのような存在だ。
いまや関西・中京圏の鉄道旅といえば、誰もが「しまかぜ」のプレミアムシートや「ひのとり」のバックシェルを思い浮かべるだろう。だが、週末の予約争奪戦に血道を上げる旅慣れた層ほど、絶妙な抜け感と快適さを保ち続ける伊勢 志摩 ライナーのゆったりとしたシートに腰を落ち着ける選択へと舵を切っている。過熱するラグジュアリー特急競争の影で、なぜこのベテラン列車がふたたび熱い視線を集めているのか。その理由を探るべく、週末の車内へと足を踏み入れた。
万博特需の狂乱が去り、2026年の旅人が求める「ちょうどいい非日常」
2025年の大阪・関西万博が残した熱狂と喧騒がようやく落ち着きを見せ、日本の国内旅行市場には明確な地殻変動が起きている。一泊数十万円の超高級宿や、乗ること自体がイベント化された豪華列車に対する反動だ。消費者がいま求めているのは、過剰な演出ではなく「気兼ねなく息をつける本物の時間」である。
近鉄特急のラインナップにおいて、伊勢志摩ライナーが占める立ち位置は極めてユニークだ。フラッグシップの「しまかぜ」が提供する至れり尽くせりの専任アテンダントサービスや個室の緊張感とは対照的に、ここには昭和から平成の良質なリゾート文化がそのまま息づいている。運賃にわずかな特急料金と特別車両料金を上乗せするだけで手に入る、肩肘張らない開放感。これこそが、情報過多に疲れた現代の旅行者に深く刺さっている。
「しまかぜ」全盛期に、あえて23000系の黄色と赤を選ぶ人々の本音
「しまかぜの予約が取れなかったから、ではないんです」
近鉄難波駅のホームで発車を待っていた40代の夫婦は、あっさりとそう言った。「しまかぜは素晴らしいけれど、どこか背筋が伸びてしまう。志摩の海を見に行くなら、この黄色い車体で文庫本でもめくりながら、途中でうたた寝するくらいが一番贅沢なんですよ」。
近鉄23000系は、伊勢志摩スペイン村の開業に合わせて製造された。太陽をイメージしたイエローと、情熱の赤。どちらの編成に出会えるかという小さな偶然の楽しみも含めて、この列車にはどこか乗客の心をほぐす愛嬌がある。最新鋭のハイテク車両にはない、アナログな温もりが残るインテリアが、旅人の情緒を静かに刺激する。
プライベート空間の先駆け「サロン席」に押し寄せる再評価の波
伊勢志摩ライナーを語る上で絶対に外せないのが、セミコンパートメント構造を持つ「サロン席」と「ツイン席」だ。2人または4人で向かい合い、中央の大型テーブルを囲むこの座席配置は、昨今のグループ旅行回帰の波に乗って再び圧倒的な支持を獲得している。
特筆すべきは、通常のリクライニングシートと同じ特急料金だけでこの区画を利用できるという価格設定のバグのような気前の良さだ。ガラスのパーテーションで適度に仕切られた空間は、周囲の視線を気にすることなく会話を弾ませるのにうってつけの隠れ家となる。家族連れはもちろん、ワーケーションや気心の知れた友人同士の週末トリップにおいて、これほどコストパフォーマンスと情緒が両立した座席は全国のJR・私鉄を見渡しても極めて珍しい。
大型窓から差し込む自然光が木目調のテーブルに反射する。弁当を広げ、地ビールの栓を抜く。車窓を流れる街並みが少しずつ緑へと溶け込んでいく過程を共有する時間は、個々のスマートフォン画面に没入しがちな現代において、失われかけた旅のコミュニケーションを取り戻させてくれる。
近鉄名古屋・大阪難波から2時間余り、車窓が語るリアス海岸の陰影
伊勢中川のデルタ線を抜け、山田線、鳥羽線、そして志摩線へと入るにつれて、伊勢志摩ライナーの走りは表情を変える。直線主体の高速巡航から、地形に寄り添うような曲線主体のリズムへ。運転席後方に設けられた「パノラマデッキ」に立てば、前面展望のガラス越しに伊勢路の山並みと青空がダイナミックに迫る。
鳥羽を過ぎたあたりから、車窓の右手にちらつき始めるリアス海岸の入り江。真珠の養殖筏が静かな水面に幾何学模様を描き、カモメが低空を滑空していく。志摩磯部を越えて賢島へと至るラストスパートは、日本の鉄道風景のなかでも屈指の情緒を誇る区間だ。ハイデッカー仕様のデラックスシートから見下ろす海の輝きは、何度見ても飽きることがない。
デジタル全盛の2026年、チケットレスで飛び乗る週末エスケープ
どれほどノスタルジーを掻き立てる車両であっても、利用環境まで前時代のままでは現代のユーザーはついてこない。近鉄が長年磨き上げてきた「近鉄チケットレスサービス」は、2026年の今、より直感的でシームレスな体験へと洗練されている。
金曜の夜、ふと思い立ってスマートフォンを開く。シートマップから好みの座席――運良く空いていれば1+2配列のデラックスシート――を数タップで押さえ、翌朝には駅の改札機にQRコードやタッチ決済対応のデバイスをかざすだけで伊勢志摩ライナーの乗客になれる。切符を発券する手間も、窓口に並ぶストレスもゼロ。この身軽さと、到着地に待つ濃厚な自然・食文化とのギャップこそが、都市生活者を惹きつけてやまない現代の旅の作法だ。
30年を走り抜けた名車が示す、リゾート列車の未来像
鉄道車両の寿命が30年から40年と言われるなかで、伊勢志摩ライナーもまた、円熟期を超えてその去就が静かに意識されるフェーズに入りつつある。幾度かのリニューアルを経てコンセントの設置やシートモケットの刷新など丁寧なアップデートが施されてきたが、基本設計が持つ骨太なリゾート思想は少しも揺らいでいない。
豪華絢爛な観光列車が次々と誕生しては話題をさらう時代だからこそ、伊勢志摩ライナーのように「日常の延長線上で、誰もが少しだけ贅沢になれる場所」の価値はますます際立つ。派手なアトラクションはなくとも、大きな窓と心地よい椅子、そして流れる景色があれば旅は完成する。週末のホームに響くモーター音とともに、黄色のライナーは今日も、伊勢の風を運ぶために走り続けている。 (出典: 伊勢 志摩 ライナー(Yahoo!ニュース))