ほうとうの城下町が肉汁に染まる日——2026年、なぜ東京の食通は「甲府バーガー」のために特急あずさに飛び乗るのか
甲府 ハンバーガーの熱気が、盆地の冷涼な空気を完全に塗り替えてしまった。週末の甲府駅南口に降り立つと、漂ってくるのは観光ガイドでおなじみの甘辛い醤油と味噌の煮込み香ではない。鉄板で激しく焦がされる牛肉の脂と、香ばしくトーストされた全粒粉バンズの匂いだ。山梨の郷土食といえば「ほうとう」か「鳥もつ煮」の二大巨頭だったはずが、2026年のいま、ストリートの最前線を席巻しているのは手づかみで喰らう骨太なクラフトバーガーである。
「正直、最初は一過性の流行りだと思っていました」と、甲府駅前の中央通りで長年ワイン酒場を営む店主は肩をすくめる。だが、県外ナンバーのSUVが路地裏の小さなダイナーを取り囲み、地元の若者からワイナリーの醸造家までが日常的に甲府 ハンバーガーの最新作を求めて紙袋を抱える光景を目にすれば、それが単なるブームの域を越えたことは火を見るより明らかだ。盆地特有の風土とストリートカルチャーが交錯するこの街で、いま何が起きているのか。現地を歩いた。
ワインビーフと桃の木燻製——盆地だからできた「肉の設計思想」
甲府のバーガーが東京の有名店と決定的に異なるのは、素材の調達距離だ。車を20分走らせれば、ブドウ粕を食べて育った甲州ワインビーフの牧場があり、裏庭には剪定された桃やブドウの薪が山積みにされている。
ある新進気鋭のパティ職人は、ミンチの挽き目を変えた3種類の部位を粗野にブレンドし、あえて脂を落としすぎないスマッシュスタイルで焼き上げる。燻煙に使うのは果樹園から譲り受けた桃の木のチップ。これが肉にまろやかな甘い香りを与える。「東京の真似をしても意味がない。この土地の肉を、この土地の木で焼く。それだけで説明不要の説得力が生まれる」と彼は笑う。一口かじれば、暴力的な肉汁の奥からふわりと果樹の気配が抜ける。工業製品化されたファストフードとは対極にある、野生の味だ。
空き店舗のシャッターをこじ開けた、若手シェフたちのゲリラ戦
舞台となっているロケーションも面白い。中心街である春日通りや銀座通り周辺は、長年シャッター通りと揶揄されてきたエリアだ。しかし2024年あたりから、都内の一流レストランや海外のダイナーで腕を磨いたUターン・Iターンの世代が、築50年を超える元スナックや洋品店の空き物件に目をつけ始めた。
剥き出しのモルタル壁、アンティークのペンダントライト、そしてオープンキッチンから響くジュウジュウという重低音。かつての昭和レトロな街並みに突如として出現したそれらの店は、単なる飲食店にとどまらず、地元のクリエイターやスケーターが集まるカルチャーの結節点として機能している。古びたアーケードの下で、スケートボードを壁に立てかけ、クラフトコーラ片手にパティにかぶりつく。そんな東京の下町ともアメリカ西海岸とも違う、甲府独自の乾いたストリート感がそこには漂っている。
「とりあえずコーラ」の終焉:甲州ナチュールとビールの共犯関係
甲府でハンバーガーを頼む客の手元を見ると、異様な光景に気づく。黒い炭酸飲料の代わりに置かれているのは、薄濁りのオレンジワインや無濾過の地元産クラフトビールだ。
山梨は言わずと知れた日本のワイン首都。近郊の勝沼や牧丘で造られる無添加のナチュラルワインが、ごく自然にタップやグラスで提供される。脂の乗ったパティに、キリッと酸の効いた甲州シュール・リーを合わせる。あるいは、ハラペーニョを効かせたスパイシーなバーガーに、北杜市産のホップをふんだんに使ったIPAを流し込む。ジャンクフードを日常酒で流し込む贅沢を、地元民は息をするように楽しんでいる。「バーガーは最高の酒の肴ですよ」。隣の席でグラスを傾けていた30代の女性客は、そう言って笑った。
南アルプスの鹿肉と八ヶ岳チーズ——脱・東京依存のローカリズム
さらに2026年に入り、進化のベクトルは「ジビエ」へと向かっている。害獣として処理されていた南アルプスのニホンジカを、地元の猟師と連携して極上のパティへと昇華させる試みだ。
パサつきやすい鹿肉に豚の背脂と八ヶ岳山麓の濃厚なウォッシュチーズを合わせ、仕上げに生の和山椒をひと振り。野趣あふれる赤身の旨味がチーズの発酵臭と絡み合い、口の中で爆発する。かつて東京のトレンドを数周遅れで追いかけていた地方都市が、いまや「東京では逆立ちしても真似できない鮮度と原価率」を武器に、独自のフードカルチャーを自律的に生み出し始めている。
1個2,500円の現実:現場が直面する価格の壁と平日の静寂
もっとも、すべてがバラ色というわけではない。観光客で溢れる土日を過ぎれば、平日の甲府盆地には特有の静けさが戻る。地元客にとって「1個2,000円から2,500円」というグルメバーガーの価格帯は、日常使いするには依然としてハードルが高い。
「観光客頼みになれば、冬場の閑散期に干上がってしまう。いかに地元のおじいちゃん、おばあちゃん、学生にリピートしてもらえるか。日常食としてのランチメニューと、尖ったスペシャリテのバランスに毎日頭を悩ませています」とあるオーナーは本音を漏らす。高騰する輸入小麦や牛肉の仕入れ値に抗いながら、いかにクオリティを保ち、地域に根付かせるか。ブームが定着期に入った2026年だからこそ、各店の実力が残酷なまでに試されている。
特急あずさで1時間半、わざわざ手と顎を汚しに行く価値
新宿から特急に飛び乗れば、わずか90分足らず。トンネルを抜けた先に広がるのは、雄大な山並みと、もうもうと立ち上るパティの煙だ。
お行儀よくナイフとフォークを使う必要はない。両手でしっかりとクラフトペーパーを握りつぶし、あふれ出る肉汁を気にせず顎を突き出してかぶりつく。指先に残るスモーキーな匂いと、ワインの後味。東京の洗練されたオフィス街では決して味わえない泥臭くも鮮烈な食体験が、この甲府の路地裏には確かにある。次の週末、胃袋を空っぽにして中央線に乗る理由は、それだけで十分すぎるはずだ。 (出典: 甲府 ハンバーガー(Yahoo!ニュース))