80年代の熱狂を背負い、今なお最前線を疾走する「Kohhy」の引力――小比類巻かほるが鳴らす2026年の鼓動
小比類巻 かほるという存在が放つ熱量は、デビューから40年余りの歳月を経た2026年の現在も、まったく減速する兆しを見せていない。張り詰めた静寂を切り裂くようにブラスセクションが唸りを上げ、スポットライトがステージ中央を射抜く。マイクを握りしめ、スモーキーかつ強靭なハイトーンを響かせた瞬間、フロアの空気は一瞬で塗り替えられる。80年代のポップシーンを彩った伝説のシンガー、という過去形の肩書きだけで彼女を捉えようとするなら、それは決定的な見誤りだ。
ストリーミングサービスを介した世界的な音楽発掘が日常化した昨今、多くの耳の肥えたリスナーが最後に行き着いたのが小比類巻 かほるの放つ剥き出しのソウルだった。カセットテープが擦り切れるほど聴き込んだ往年のファンと、SNSのアルゴリズムを通じてそのシャウトに衝撃を受けた20代の若者が、ライブハウスのフロアで肩を並べて同じビートに身を委ねる。時代がどれほど移り変わろうとも、本物の歌声が持つ引力は色褪せない。
プリンスやモーリス・ホワイトを唸らせた「本物のグルーヴ」
彼女の足跡を辿る上で避けて通れないのが、海外トップアーティストたちとの鮮烈な交差だ。80年代後半、プリンスが楽曲提供を行い、ペイズリー・パーク・スタジオでレコーディングを敢行したエピソードは、単なる箔付けの域を遥かに超えていた。ミネアポリス・サウンド特有のタイトで乾いたファンクビートを、彼女は見事に自らの肉体へと引き受けて歌いこなした。
アース・ウィンド&ファイアーの頭脳、モーリス・ホワイトとのコラボレーションも同様だ。欧米のリズムセクションと対等に渡り合える日本人ボーカリストが極めて稀だった時代に、彼女は本場仕込みのグルーヴを呼吸するように吸収していた。計算されたテクニックではなく、腹の底から湧き出るゴスペルやR&Bの情動。そのボーカルの骨太さこそが、今なお彼女のディスコグラフィを特別なものにしている。
『シティーハンター』の夜景を彩った「愛よ消えないで」の再発見
アニメーションカルチャーの爆発的な世界浸透に伴い、彼女の代表曲のひとつである「愛よ消えないで」は、国境を越えたアンセムとして再評価の嵐のなかに置かれている。新宿の摩天楼、夜のハイウェイ、切なくもドラマチックなメロディライン。イントロのシンセサイザーが鳴り響いた瞬間、海外の大型フェスやクラブイベントですら地鳴りのような歓声が巻き起こる。
特筆すべきは、この楽曲が単なるレトロ趣味として消費されていない点だ。打ち込みサウンドが主流だった当時のアレンジでありながら、ボーカルのトラックには生々しい情感が張り付いている。デジタルネイティブの耳に、そのアナログな熱量が「新しさ」として突き刺さる。アニメの主題歌という枠組みを軽々と飛び越え、純度の高いジャパニーズ・ポップスとしての威厳を放ち続けている。
「Hold On Me」の時代から脈打つ、妥協なきボーカルスタイル
1987年のメガヒット「Hold On Me」を聴けば、彼女の歌唱が持つ唯一無二のダイナミズムが即座に理解できる。サビで一気に駆け上がるトップノートの伸びやかさ、語尾に微かに残るブルージーなハスキーボイス。テレビドラマのタイアップとして街中に鳴り響いていた当時から、その表現力には一切の甘えがなかった。
ピッチ補正技術が極限まで発達した2026年の音楽シーンにおいて、彼女の歌声が放つ「揺らぎ」と「芯の強さ」は驚くほど生々しい。ブレスのタイミングひとつ、母音の処理ひとつにまで意志が宿る。音符をなぞるだけの器用さとは対極にある、生き様そのものをマイクにぶつけるようなボーカリゼーション。それが聴く者の胸を掴んで離さない理由だ。
シティポップの微温的な枠組みを蹴破る「Kohhy」のロック魂
近年巻き起こったジャパニーズ・シティポップのブームにおいて、彼女の音楽は時にその文脈で語られることがある。しかし、実態はもっと荒々しく、もっと熱い。心地よい浮遊感やリゾート感に浸る都会的なポップスとは一線を画し、彼女のサウンドの根底には常に鋭利なロックのダイナミズムが脈打っている。
ソリッドなギターカッティングに負けない声量、タフなスネアのバックビートに真っ向からぶつかるアタックの強さ。ステージで見せるアグレッシブな立ち振る舞いは、ソウルシンガーであると同時に、生粋のロッククイーンそのものだ。カテゴライズを拒絶し、己の信じるサウンドを愚直に貫いてきたアティチュードが、現在の揺るぎない評価へと繋がっている。
ビルボードライブの親密な空間で見せる、2026年の円熟味
スタジアムや大ホールを熱狂の渦に巻き込んできた彼女だが、近年のクラブツアーやビルボードライブでのステージングは格別の深みを帯びている。手が届きそうな距離で繰り広げられる、研ぎ澄まされたアコースティック編成や、少人数のファンクバンドとのインタープレイ。そこには、長いキャリアを重ねた表現者だけが到達できる贅沢な音楽空間が広がっている。
年齢を重ねるにつれ、彼女のハスキーボイスにはまろやかな艶と、どこか祈りにも似た慈しみが加わった。アップテンポなナンバーでオーディエンスを総立ちにさせたかと思えば、スローバラードでは一音一音を慈しむように紡ぎ出し、フロア全体を深い静寂で包み込む。過度な装飾を削ぎ落としたステージの上で、声そのものが持つ圧倒的な物語性が露わになる。
世代と国境の境界線を軽々と越えていく、声という名の遺産
過去の栄光に安住することなく、常に「現在の歌」を歌い続けること。小比類巻かほるの背中を見ていると、表現者が生き延びるために必要な真の強さとは何かが浮かび上がってくる。流行は巡り、メディアのフォーマットは劇的に移り変わったが、彼女が発する声の芯は微動だにしていない。
音楽が手軽に生成され、消費されるスピードが加速する時代だからこそ、血の通ったエモーションへの渇望はかつてないほど高まっている。今夜もどこかの街で、彼女の歌声がスピーカーから鳴り響き、誰かの孤独を撃ち抜いているはずだ。2026年という現在地から見渡すその地平は、どこまでも澄み渡り、未来へとまっすぐに開かれている。 (出典: 小比類巻 かほる(Yahoo!ニュース))